田中
本日はよろしくお願します。
まずは、生年月日と出身地をお願いします。
また、子供の頃はどんな事に熱中していましたか?

大井氏
昭和28年1月4日生まれ。出身は群馬県です。
こどもの頃は毎日が遊ぶことでした。群馬県の山間部に住んでいたので、学校が終わると友達と山や森の中で元気いっぱい遊んでいました。それが全て・・。

遊びには燃えましたけど、勉強の方に燃えた記憶は中学校2年生位までないです。

中学校2年の頃から日本史の本を読んで歴史が好きになり、当時その歴史の人物は何を考えていたのかとか知りたくなっ

て、歴史だけは勉強をするようになり成績もよかったです。今でもNHKの「その時歴史は動いた」が好きで録画しています。

田中
パティシエを志したきっかけは?

大井氏
幼稚園の頃だったんですけど、ケーキには憧れを持っていました。群馬県のうちの家は山の中にあって、ケーキとは縁遠い所です。
当時、前橋に住んでいる叔母さんがケーキ屋さんで買ったシュークリームを持ってきてくれたんです。

小さい頃にはバタークリームのクリスマスケーキは食べたことはあったんですが、シュークリームは初めてでした。
それを食べた時にこんなに美味しい物があるなんてと子供ながらに感動しました。
それが頭の中に憧れとしてあったのかもしれないですね。
中学校になって、たまたま高崎市のケーキ屋さんに行った時に、自分でも出来ないかな〜ケーキ屋さんになれないかな〜と思っていました。

田中
修業時代のお話をお願いします。

大井氏
中学を卒業する頃に、自分は高校に行きたかったんですが、経済的に厳しくて働きながら高校に行ったんです。
でも働く所に寮がないと行けなかったので、自動車関係の仕事に就いて通学し、卒業して、群馬県高崎市の洋菓子屋さんに就職しました。
すると、その洋菓子屋さんの先輩が仕事するんだったら東京に行けって言われたんです。だからその洋菓子屋さんには
半年間しかいませんでした。

それで東京の池袋の洋菓子屋さんに入り、そこで5年間修業しました。
最初入った時には、スタッフのお茶くみや飯炊きから始まり、食事は朝、昼、晩の全員の食事を作るわけです。
寮にいましたが、寮は寝るだけで8ヶ月間はそんな生活でした。
その後、東京の2店舗で修業しました。その中の1店舗では仕事を任せられてましたね。

でも最初の修行した5年間がシェフや先輩も厳しくていちばん勉強になりました。トータルして東京で10年間修業しました。
東京で結婚して子供が生まれたんですが、心臓に疾患があり熊本に有名な先生がいらっしゃるということでその人を頼って
熊本に来たんです。

妻の実家である熊本県の赤十字病院に子供を入院させるために家族で熊本に移り住んだんです。
私は熊本の洋菓子店で2年間程お世話になり、お陰さまで子供は約1年間で完治しました。熊本に来る前からお店を出そうと決めていましたが、自分はこの熊本の地がとても好きになり店を構えるなら熊本にしようと決めたわけです。

田中
熊本にお店を出された時のお気持ちは?また開店の頃のお話をお願いします。

大井氏
自分は東京で修業して来たと、自分が作ったケーキは絶対売れると思ってたんですが、売れませんでした。
まして、熊本のレベルが高くてお店を出してからの方が勉強でした。自分のパティシェの修業は本当はそこからだったかもしれないです。
それまでは自信があり天狗になってたんでしょうね。

自分もお店を回るのが好きでいろいろ回りましたが、東京と熊本はそんなにレベル変わらないと思います。
開業をする時には何軒かの物件を見て回りまして、最終的に武蔵丘の物件や地域がよかったのもあり、そこにお店を出しました。
平成元年に妻と二人で創業しました。

オープニングもたいして売れなくて厳しかったです。
私が作って、妻が販売です。子供もいたので、自分一人で製造し販売したこともありました。3年間は厳しい状態でした。
このままじゃいけないと思い妻からも楽しいお店にしようと言われ、販売とかお菓子や店作りを妻と協力して根本的に考え直しました。
それからですね。少しずつ伸び始めたのは・・今の木いちごの売り上げの70%は妻の力かもしれませんね。

田中
根本的に考え直す機会があったから今があるんですね。

大井氏
そうですね。・・・それからケーキ屋以外にもいろんなお店を見て回り勉強しました。
まずお店に入りやすくて楽しい店にするということを考え、ケーキも楽しい、店も楽しい感じにして、お客様が来られたら季節を感じて頂く事を考えました。ケーキのメニューやディスプレーから季節を感じて頂く事、来て楽しい事がいちばんです。
店作りもケーキの味の中のひとつと思うんです。
お客様が「木いちご」に入られてから楽しんで帰られるまでがひとつのプロセスなんです。

田中
お店の名前を「木いちご」にしたのは?また、創業何年ですか?

大井氏
ケーキ屋に入った時から店を出す時には名前を「木いちご」に決めていました。
私は「木いちご」の実も好きだし、味も好きだし、名前の響きもいいですし、お客様に親しみがある感じです。
創業は平成元年で平成18年まで旧店舗で営業しました。
平成18年の7月に現在の光の森に移転しましたので2008年7月で創業20年です。

田中
木いちごさんは半生菓子を通販されて、冷凍で発送されているんですか?

大井氏
そうですね。冷凍発送のお客様が解凍して食べる。
生クリームで水分が多い商品で冷凍をします。だから生も送れますね。
冷凍技術は昔と比べてすごく技術は向上しているんです。
その設備を取り入れています。それで瞬間冷凍します。

「冷凍イコール悪いとかまずい」と言うのはなくなりました。
味も変わらないですし、そういう商品を作っているんです。それを隠したりしないで、アピールします。冷凍発送もアピールしています。半生菓子で冷凍発送のコーナーを設けています。
北海道の催事に出した時にお客様がリピーターとしてネットで注文してくださるお客様も結構いらっしゃいます。

田中
菓子職人にとって大切な事は?

大井氏
まず、ケーキが好きな事。ただそれだけです。
だからうちのスタッフにも言っているんですけど、ケーキが嫌いになったら辞めなさいと、木いちごが嫌いになったら辞めなさいと言います。
チームワークでやってますからね。

田中
今後、菓子職人になろうと思っている人にアドバイスがあれば。

大井氏
先程も言ったようにまず、ケーキが好きな事。
人生の中で一生懸命やるっていうのが結構少ないんです。「がっつりやる」時期ってそう誰でもあるわけじゃないし、一回パティシエをがっつりやってみたら結構楽しい。また、ケーキが嫌いになったら辞めればいい。
あと、自分が買いたいとか、自分が美味しいとか、そういう風に思わない物は商品にしたら駄目だな。まず、そこからです。

自分がデコレーションをひとつ仕上げるのにもこれ自分が買いたいのかいと、いつも聞いたりします。なんかボリューム感がなかったり、楽しさがなかったりしたら・・「本当に買いたいのかい」と。
自分が買いたい商品を作って欲しいと思います。

田中
本日はありがとうございました。